あほたれめ

 

とつぜん
「この土地
あげますよ」
 って、くれるって
「え〜?
は〜い
いただきます」
 
って
もしそうなったら
おもろいわ
と妻
 
そんなこと
きみを
殺しますといわれるのと
同じ確立
あるわけがない
ただで土地もらうなど
恐ろしや
と夫
 
 
頭のなか自由自在でしょ
何考えたって
ありざんす
あほうでおばかで
笑えたら
そっちのほうが
幸せよ
広告

50歳の目標

今日から 1055日目に

わたくし50歳になります

(  ゚ ▽ ゚;)

ここ数週間

家族とのやりとりで

老い先どうするんかい?と…

ふわふわ程度にしか考えていないわたくし

いったい半世紀記念日まであと何日かしら

ん?

w川・o・川w

1055日

えっと

時間ないやん?!

超具体的に何をするとか

老後資金をいくら貯めるとか

そう考えると

とても息苦しく地獄気分になったので

50歳の目標

笑って楽しく活き活きと

いのち煌めかせて暮らしている

ことにしましたにこ

あと1055日

ココロ カラダ 生活 潤う術(すべ)を培う

その確信と信頼を築く

が当面の目標です(・∀・)

 

なんつーざっくり(☆。☆)

 

まぁよしとしましょ

まずは自分全肯定です

 

 

今日は 今週末の北斎ヨガの丹田呼吸のために

声をつかって丹田を意識する方法を

いっぱい試しました

 

丹田は 自分肯定も否定もなく

ただただ自分の核であります

自分の中心、世界の中心で、宇宙の中心でもある

まじりっけない自分の所在地です

自分の丹田、肚の感覚

大事にしよう

 

北斎誕生日

9/23  北斎ヨガ  ハッピーバースディ HOKUSAI テーマ 氣を養う 丹田呼吸

生まれてしばらく赤ちゃんの頃、わたしたちはお腹をたっぷりつかう丹田呼吸をしていました。丹田は、生命エネルギーの源でもあります。お腹をたっぷりつかう丹田呼吸は、瑞々しく生きる術にもなります。9/23日は世界の巨匠北斎の誕生日。北斎の生まれた日にあかり、カラダの内側から輝く『丹田呼吸』をたっぷり行います。ご自宅でもぜひ丹田呼吸は行ってほしいため、丁寧に解説していきます。運動、瞑想、ビジネス、勉学、創作等あらゆる営みのベースにいい丹田呼吸。ヨガがはじめての方にもおすすめですよ。お気軽にお申し込みください!

開催日時 9月23日 10:30~12:00
場所   yahiro8  墨田区八広4-10-1
料金   2500円(からだの時間 回数券 使用できます 1回+200円)
予約   9/23北斎ヨガ 予約フォーム

上記予約フォームが開かないとき
yahiro8@ac.auone-net.jp
タイトル 北斎ヨガ9/23
本文 お名前 返信用メールアドレス ヨガ経験の有無
を上記アドレスへお送りください。返信メールを2日以内に送信させていただきます。

意識していたことを手放す

6月から
月一回の笠井叡さんの
ダンスWS に参加しています(ヽ´ω`)
毎月お題があり
 きのうは 意識 でした。

そのなかでトライした

意識したり感じたりする前に動く

やってみるも

 いつもの自分の手法とは違い…

抵抗しているカラダ、心、意識?

できているのか
怪しすぎました
とりあえず動くも
苦しい…
バタバタうごき

やや無機質苦悩な表情だったろうとおもいます

しかしながら

最後の10秒くらいに

踊る阿呆になった

からだがひとりでに動きだしてる
あー?!

ニヤリ

自分で創るときは
今どんな動きをしたいのか
からだはどこへ行きたがっているのか
いってみれば

意識全快

20分くらい意識しながら動いていると、
カラダがひとりでに動きを生み出しはじめるときがある
これ、これがやりたいの、と。
きのうの
躍る阿呆な動きは
そこへの到着の仕方が全然違い
ものすごく新鮮でした
理由づけなく、いける
 そうか

自分の手の内を手放して

あり得ない世界へいってみる

日常あらゆる物事にもいえて
意識が変わることによる
世界の変化
見えてくるものが違ってくる

もうひとつ

昨日感じた大事なこと
とても原初的な動きへ
つれていかれた感
整理されすぎない
自由
戸惑い
多様な感覚が顔をのぞかせている

みんな動きは違うけれども、みな同じ空間に居る自然さ

笠井さんがおっしゃっていた
 『木は風が吹くから躍る』

そういう踊りなのかもしれない

ダンスのご賞味

久々に思い出しました。

 

坐禅

20年ぶり
久しぶり
坐禅
40分ほど、只坐る

でるわでるわ、雑念に眠気

僧侶さまより
「でてくる雑念を深追いしない」
「無にはなれないです、気絶するのでもないですし」
とお話あり

『深追いしない』
これよいです!

瞑想はたまにします

只坐る
何も意図せず・・動く欲も捨てる・・

ポカポカとどこかから沸いてくる雑念思考は
受け流す

今回、眠気もおこり
半眼がつらい
そして微動だに動かないことを己に課す

動く欲を捨てる

すべて
自分の欲を停めてみるのだと

おーうー

しんどいわ40分

ところが

あれ?

帰り道

脳がすっきり?

我慢大会の40分は
ぐつぐつ消毒煮沸中の鍋中のよう

 

今となっては
また坐りたいと

そうきたか。


※ 墨田 向島 圓通寺にて 坐禅会を開催されています。

花と

​墓掃除にいった帰り

かつてのおばあちゃん家にいく道なりに、どなたかが育てた花がきれいで花と踊りました。


ニコニコ目映い花たち  ありがと。

​​

三途の川とおばあちゃん

2週間くらい前に踊りのWSで『過去を未来にする』ことを学んだ。心理学とかじゃなくて、踊りでそれをするという。試してみると…かろみのある えっ、何コレ、未来?? あああ、楽しい。

さてさて7月というと、、、数年前の7月の終わり、おばあちゃんは旅立った。7月半ばすぎるとおばあちゃんのことを時折思いだす。
おばあちゃんは信心深い所があり、お経を読まされた、いやお経を読み終えるまでやさしく見守ってくれて、ずいぶんと褒めてくれた記憶がある。小学生低学年くらいの頃か  三途の川の話しをしてくれた。かつておばあちゃんは死にそうになったことがあるそうで、それはそれは色鮮やかな花々が咲いている中を通って川へ出たそうな。ものすごいきれいで今迄見たことがない色だったと。ところが川の向こうに、おばあちゃんの知り合いで既に亡くなられた方がいて、怖ーい顔でこっちへ来るなと言うんだと。それで引き返してきたんだと。

この前ひとりで稽古していたとき おばあちゃんとの過去の記憶を、三途の川の話しを思いだしながら踊ってみることにした。やや疲れていたわたしはぼーっと椅子に腰掛けて踊りがくるのを待った。手がゆらゆら揺れはじめる。

川の水を撫でているような。ここは川だな と。この川の向こうにおばあちゃんはいるのかも?。椅子から降りて、川の中に入ってみた。川は浅く流れは穏やかだった。わたしもこの三途の川を渡る時がいつかくる この川を渡るときに、どうしていたいだろうか…?

「明るく踊って渡りたい!」って、肚から明解にでてきた。そう、明るく踊って三途の川を渡る、それだ!

そう思った瞬間から、「明るく」踊ってみたけれど、まだまだだなーーー。明るいといっても質感、力の入れ方、抜き加減もろもろ。ニュアンスはつかみかけたけれど。もっと底抜けられるだろう。三途の川であっけらかんと明るく踊る。その前に、生きてるうちに底抜けに踊るべし。それがわたしの生きる道、なのだろう。

踊ることで、記憶が書き換えられ、未来にも過去にもいける。教えていただいたことに感謝します。

この日常のなかにある静けさ、きらめき、ハッとする瞬間、、、日常にいながら宇宙回路を通る感覚、もっぱらの関心事であります。

DSCF5521.JPG

クワガタが飛んできたおばあちゃんの命日

 

 

 

晴れのち添い寝す 公開制作のための個人稽古

あたらしいユニット、おしゃかえぬ による『晴れのち添い寝す』どんな作品になるか 1年くらい先なので、中味はおいおい見えてくるだろう。来月、畑で踊る。公開制作という呈です。畑はジャガ芋を掘り起こしたあとで、どうなっているのかさっぱり。最初はかなり即興かと思うも、地道に振りをつくってもっていくことにする。即興ももちろんあり。先日ちょっとだけ畑に入らせていただいたら、とっても土がやわらかくてびっくり。土に絶対まみれたくなると予測して、地をつかった振り。東京では、いったん床をつかった振りを制作中。

大地は母。母〜女性、大いなる母、グレートマザーという感覚。とくると身体としては骨盤がなじむ。骨盤は子宮をたたえている。骨盤と大地をテーマにまずは身体感覚ではまるところ、そしてフォルムを模索しています。まだまだこれからでーす。

美香さんを偲ぶ会へ

4/29 ゴールデンウィークのスタートに相応しく、行ってよかった。風邪をひきくしゃみ連発してコートを顔にあてて、ゴホゴホしてしまったけれど。隣の方がタオルをさしだしてくれたり人様巻き込んでしまった。その殿方に感謝を伝えたら「さっきの場面、もう宇宙だったよね」と。うん よかった、確かに。自分は美香さんと直接の関わりはなかったのだが、この会を見ていても、お人柄が、どんなダンスを追求していたのか見えてくる。魂が見えるダンス。そう感じた、そうでなかったとしても、自分が求めていたダンスは魂がみえるダンスなんだなと、はっとした夜でした。久しぶりにお会いできた方もいてよかったですー。

自分稽古 ブルブル@yahiro 8

稽古するほどの気合いなく、ブルブル振動かゆらゆらゆする力を抜く方向で今日は30分。途中電話に一度出たが、余韻が残っていたので、再開して続ける。身体の内部、兎に角も自分の身体に集中していくと、やがて外界とつながりたくなる。しかし、今回のブルブルは外界へのつながりより、動きの巧妙さに関心がシフト。細かくヒップをゆらす、脚をパタパタ細かくつかう動きを精錬させたい。無理もあったようで、やや左足のふくらはぎがつらく。ブルブルの振りは精度をあげてどこかでやりたい。おしりだけ振り、上半身は何もないような状態でいれると、周りとふつうに関われそう。

自分稽古@yahiro 8

解剖学社の養老孟司さんと武術研究家の甲野善紀さんによる『古武術の発見』をさっと読む。井桁崩しという、二力の合成うんたらの下りが気になり。二力を設定した身体操作を試みる。

自然に二力に成る日はいかほどか。かなり意識をもっていないと、簡単なほうへ流れてしまう。身体の氣が充実する。同時に二力は今は難しいが、時間差で二力設定をしていくと、面白い身体ルートがでてきた。 これは続けよう。30分程度ずっとやり続けてみた。

なんで踊ってるの? 

直球の答えは 好きだから、です。

今やっと、好きだからと いえる。

踊ることになった源は、唐突ですが、瞑想がはじまりでした。

もっと遡のぼれば、TVの前で小さい頃踊っていたとか、

歌っていたとか、ピンクレディーが好きだったとか、盆踊りが人知れず好きだったとか

よくある話しはありますが、自覚したのは、瞑想のときです。

広告の仕事をしていて20代のころ

閃きが必要だと思って、本を読んだら

瞑想がいいと。

そうか、と早速 瞑想をしました

2年くらい、ただ座る。

瞑想の会にも参加して。

瞑想はすごくよかったです。今でも時々座っています。

当時は

足がしびれて仕方なかったし、眠くもなるし。

だけども、

ふと、「そうか!」と世の中のこと自分のこと

腑に落ちて来るときがくる。

それがたまらなくよいのです。

そのうちに

瞑想していて感じはじめたのが…

私にとっては、踊る事が瞑想だと。

それでただ座る瞑想をいったん終えて

踊ることへ邁進していきました。

ー 続く ー

DSC01523.jpg

ぽわん

 

その人は

ゆったり

おだやかで

おなじ部屋にいるだけで

あせりきんちょう

すぅうと抜ける

 

ただそこにいるだけで

存在しているだけでいい

 

きっと みんな

存在してるだけで、何やら貢献してるんだ

 

何かしようとしなくてもいい

湧いて来るままにしてたらいい

 

 

だってさ

がんばった

すんごく

顔晴ったぁアアアアアアア

 

人と成す

誰かと みなみなさまと いっしょに創る

 

内側コロリと剥けてきた

独り占めしたところで

これっぽちもおもしろかない

一人で生きたって、つまんないの

 

 

コトバユジュ

 

15年くらいまえ詩を書いていた。

発露のため、

心の、気分の、

彷徨い、もがき、未消化の感情

頭で悶えを変換させる快楽知

しぶといアイデンティティのあがき少々

 

それから、なぜか書く必要がなくなって

身体の探索で充分になったか

 

すんごい疲れたこの夏

どうにも内側の発露が必要なことに気づく

フェイスブックやブログ、その手段じゃ

えーあー、そんなん 文章でおこすには恥ずかしすぎる

心の欲深いところを吐きつつ

あそべる形であばきたい欲

 

ふと思いだした

 

『コトバオドリバ』

ギラつき色づいていた心の鮮度

欲深さ

宝物なんだわ

蓋を閉めたら、駄目なのよ

 

キカッケは自分のためだったと再確認

発露しないと死んでしまう

 

気づいたのなら

恥ずかしいは一度引っ込んでもらって

やりませう。

 

本日 2016年 9月9日 4回目の結婚記念日

わたしは、あなたと、

わたしは、わたしと、

いっぱいのわたしたちというあなたたと、

結ばれたいです

 

*ユジュ ヨガでいうところの『結ぶ』という意味

覚悟

すんごい重い言葉

なぁ

タイトルの 覚悟

『覚めて悟る』

 

垂れ流れてくるもの

しゃーない あるんです

実在

アイディア、妄想、心変わり、

きまぐれが、ありますの

寄り道蛇足、いろいろ

本道ってどこよ?

わさわさ

悶えてみたいような

嘘っぱちっぽい色

我がままが

あるんです しゃーないなぁ

やってみたいなら

やりなはれ

しなはれ

それでいいと

腹くくるなら

じゃまものと想定していたものを

覚悟 受け入れて

遊ぶように

”執着はナシで”

捨てるときは捨てなはれ。

 

 

 

 

いい顔

きのう久々に

友人Kくんがやっている

ワンドロップカフェに行ってきた。

 

Kくんとは、むかしむかしの会社の同期

同期の女友だちとワンドロップカフェに集い

飲んだりしゃべったり

 

いろはにほへとつらつらら

 

人の話を聞いて飛び火して

自分の話してたらまた飛び火

そんなことがあったの??びっくり話も飛び出る

 

 

 

話しも中盤

ストレートにKくんに質問した

彼の返答をきいて、自分無知だったのか?

傷つけてしまった?私も傷ついた?

ひやっとした瞬間があった。

まぁ、関係性が崩れるほどではない。

 

Kくんは今、大変などど言ってられない時だろう。

彼の内側のことは彼にしかわからないとしても、

状況は大きく変わるときだと知った。

 

帰り際、コートを着せてくれたKくん

出口で皆を見送る彼の顔、いい顔している。

複雑そうな表情でもあるが、それがまたいいのだ。

様々な感情や経験がにじみ出てきて、半端ない。

 

思わず、「いい顔してるよ」と伝えたくなったが、今は控えた。

もう少し落ち着いたら、伝えたい。

「ねぇ、なんともいい顔してる。積み重ねてきた想いや

幾度も交わされたであろう会話、そうして培われた精神や

生き様がにじみ出てるよ、いい人生が。」

 

 

新しく

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旦那はんが、撮ってくれました。

ヨガメインでやってきた『からだの時間。』

内容やHPをリニューアルしようと思い立ちました。

 

昨年秋、なんとも40半ばで妊娠する経験と、残念ながら流産する経験もして

女性の育む力、変化変容していく心身に

女であることに、女という性に ハッとしまました。

子供を産むって、すごいことだなぁ。

大袈裟な表現ですが、自分の身体をもうひとつの魂にかす感覚

変わりゆく日々にただもうついていくしかなく

ほんの数ヶ月でしたが、とてもとても貴重な経験でした。

あーさんはやく空に帰ってしまったけれど、来てくれてありがとう。

 

流産後はとくにからだのケアのために、温活をたいぶしまして

やわらかい内臓、あたたかい身体は、命を育む根源ベース

いやはや しみじみ 女性はあっためること大事だなぁとおもっています。

そして

これから女性として人としてどうありたいか

そして自分に必要なヨガってどんなものなのか?

踊り続けるためにも

年を重ねていくときにどんな身体を養っていったらいいか、

どんなハートを培っていったらいいか

 

いろいろ考えたわけです。

 

『やわらかく』『受容できる』人であたい。

内臓がほわっとあったかくて、やわらかくて躍動もする、

それでいて軸が通っている、時には筒、空のように『からっぽ』になれる

ただただエネルギーが行き来して変容するカラダに

なりたいです。

 

心も身体も進化し続けるのでしょうけどね。

 

「からだの時間。」のほうは、これまでダンスと切り分けて考えてきましたが

もはやヨガにおさまらないワークもとりいれたい。

踊りに秘めるエッセンスももっと追求したいです。

 

そんなこんな、4月くらいから「からだの時間。」あらため

「からだの時間 inspire   soul」に名前も変更することにしました。

気恥ずかしさもありますけど、

からだの時間 inspire   soul の HPつくりながら、まさに構築中です〜。

 

 

 

 

 

 

 

恵みの ひとりカラオケ

10年以上ぶりに カラオケにいきました。

ひとりカラオケ 初デビュー。

 

どうしたって? まぁ、カラオケほとんど誘われてもいかないですが

あるお姉さんにすすめられ、素直に乗ってみようと

 

行こうと決めたら、小旅行みたいで楽しい気分♡

調べておいたカラオケ屋さんに踏み入れると、、

 

フリードリンク タッチパネル

そりゃ進化するよねぇ

集うおばあちゃんたちに ほっこり、、

お一人さまけっこういるなぁ、、、  よかった、、、

 

 

この秋は とても内側を感じていた時期で

四十半ばにしてはじめての経験があり内的変化が大きい日々でした

 

ようやっと、平穏になりかけていて

たまには癒しにいこうと、

きのう顔コリほぐしへいってきました。

したらば

顎があれれ凝っており、ゴリゴリ音が。

 

ほぐしてくれたお姉さんの解釈によると、顎のコリは 潜在意識がでようとして

でれないでいるという状況ともとれるらしい

 

ふー なんか わかるー

 

「歌は好きですか? ひとりカラオケで、

がーっと自分のなかで 突き抜けるのもいいですよ」とお姉さん

 

以前なら見向きもしなかっただろうに

なんだか なんだか カラオケ行ってみたくなり

初挑戦

 

いってみて とても よかったです

 

まず、わたくし歌が『どえらい下手』だとわかりました。

小唄を習っていてこれかいなと、 びっくりな音痴です。

歌手のみなさま当然かもしれないけれど

上手い、頭さがります。

 

そうして自分は身体をつかうことが好きで

日々つみかさねてきた ヨガ、ダンス、それでいいんだと

どうであれ 今そうある自分でいいんだと思えた

 

この先もわたしのままでいい それでいい

子供がいようと、いまいと、がんばっていてもいなくても

悩んでも勘違いっぽくても、笑っていてもいなくても

今あるそのままで、それでいい

誰しもただそのままでいい、

どんなこと感じても、考えても、何もしなくても 生きて時を積み重ねていたら

その人にしかなれない、その人になる。

 

すとーんと腑に落ちました。

 

そしてもうひとつ

昔  恋の歌にしか聞こえなかった歌は

十数年の月日をすぎると

いろんな想い、家族のことかもしれない

友人かもしれない、世界のことかもしれないと

見方、感じ方がひろがっていて

ぐわーっと歌を通して想いもあふれ

あーーーー、わたしったら こんなに年とったんだね

年をとるということは

生きてる贈り物そのもの そう思えたら ぽろぽろ

泣けました

 

ルームから出るころは この状況に 笑えもして

ひとりカラオケ万歳

 

お姉さん すすめてくれて ありがとう