花と

​墓掃除にいった帰り

かつてのおばあちゃん家にいく道なりに、どなたかが育てた花がきれいで花と踊りました。


ニコニコ目映い花たち  ありがと。

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三途の川とおばあちゃん

2週間くらい前に踊りのWSで『過去を未来にする』ことを学んだ。心理学とかじゃなくて、踊りでそれをするという。試してみると…かろみのある えっ、何コレ、未来?? あああ、楽しい。

さてさて7月というと、、、数年前の7月の終わり、おばあちゃんは旅立った。7月半ばすぎるとおばあちゃんのことを時折思いだす。
おばあちゃんは信心深い所があり、お経を読まされた、いやお経を読み終えるまでやさしく見守ってくれて、ずいぶんと褒めてくれた記憶がある。小学生低学年くらいの頃か  三途の川の話しをしてくれた。かつておばあちゃんは死にそうになったことがあるそうで、それはそれは色鮮やかな花々が咲いている中を通って川へ出たそうな。ものすごいきれいで今迄見たことがない色だったと。ところが川の向こうに、おばあちゃんの知り合いで既に亡くなられた方がいて、怖ーい顔でこっちへ来るなと言うんだと。それで引き返してきたんだと。

この前ひとりで稽古していたとき おばあちゃんとの過去の記憶を、三途の川の話しを思いだしながら踊ってみることにした。やや疲れていたわたしはぼーっと椅子に腰掛けて踊りがくるのを待った。手がゆらゆら揺れはじめる。

川の水を撫でているような。ここは川だな と。この川の向こうにおばあちゃんはいるのかも?。椅子から降りて、川の中に入ってみた。川は浅く流れは穏やかだった。わたしもこの三途の川を渡る時がいつかくる この川を渡るときに、どうしていたいだろうか…?

「明るく踊って渡りたい!」って、肚から明解にでてきた。そう、明るく踊って三途の川を渡る、それだ!

そう思った瞬間から、「明るく」踊ってみたけれど、まだまだだなーーー。明るいといっても質感、力の入れ方、抜き加減もろもろ。ニュアンスはつかみかけたけれど。もっと底抜けられるだろう。三途の川であっけらかんと明るく踊る。その前に、生きてるうちに底抜けに踊るべし。それがわたしの生きる道、なのだろう。

踊ることで、記憶が書き換えられ、未来にも過去にもいける。教えていただいたことに感謝します。

この日常のなかにある静けさ、きらめき、ハッとする瞬間、、、日常にいながら宇宙回路を通る感覚、もっぱらの関心事であります。

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クワガタが飛んできたおばあちゃんの命日

 

 

 

晴れのち添い寝す 公開制作のための個人稽古

あたらしいユニット、おしゃかえぬ による『晴れのち添い寝す』どんな作品になるか 1年くらい先なので、中味はおいおい見えてくるだろう。来月、畑で踊る。公開制作という呈です。畑はジャガ芋を掘り起こしたあとで、どうなっているのかさっぱり。最初はかなり即興かと思うも、地道に振りをつくってもっていくことにする。即興ももちろんあり。先日ちょっとだけ畑に入らせていただいたら、とっても土がやわらかくてびっくり。土に絶対まみれたくなると予測して、地をつかった振り。東京では、いったん床をつかった振りを制作中。

大地は母。母〜女性、大いなる母、グレートマザーという感覚。とくると身体としては骨盤がなじむ。骨盤は子宮をたたえている。骨盤と大地をテーマにまずは身体感覚ではまるところ、そしてフォルムを模索しています。まだまだこれからでーす。

美香さんを偲ぶ会へ

4/29 ゴールデンウィークのスタートに相応しく、行ってよかった。風邪をひきくしゃみ連発してコートを顔にあてて、ゴホゴホしてしまったけれど。隣の方がタオルをさしだしてくれたり人様巻き込んでしまった。その殿方に感謝を伝えたら「さっきの場面、もう宇宙だったよね」と。うん よかった、確かに。自分は美香さんと直接の関わりはなかったのだが、この会を見ていても、お人柄が、どんなダンスを追求していたのか見えてくる。魂が見えるダンス。そう感じた、そうでなかったとしても、自分が求めていたダンスは魂がみえるダンスなんだなと、はっとした夜でした。久しぶりにお会いできた方もいてよかったですー。

自分稽古 ブルブル@yahiro 8

稽古するほどの気合いなく、ブルブル振動かゆらゆらゆする力を抜く方向で今日は30分。途中電話に一度出たが、余韻が残っていたので、再開して続ける。身体の内部、兎に角も自分の身体に集中していくと、やがて外界とつながりたくなる。しかし、今回のブルブルは外界へのつながりより、動きの巧妙さに関心がシフト。細かくヒップをゆらす、脚をパタパタ細かくつかう動きを精錬させたい。無理もあったようで、やや左足のふくらはぎがつらく。ブルブルの振りは精度をあげてどこかでやりたい。おしりだけ振り、上半身は何もないような状態でいれると、周りとふつうに関われそう。

自分稽古@yahiro 8

解剖学社の養老孟司さんと武術研究家の甲野善紀さんによる『古武術の発見』をさっと読む。井桁崩しという、二力の合成うんたらの下りが気になり。二力を設定した身体操作を試みる。

自然に二力に成る日はいかほどか。かなり意識をもっていないと、簡単なほうへ流れてしまう。身体の氣が充実する。同時に二力は今は難しいが、時間差で二力設定をしていくと、面白い身体ルートがでてきた。 これは続けよう。30分程度ずっとやり続けてみた。

なんで踊ってるの? 

直球の答えは 好きだから、です。

今やっと、好きだからと いえる。

踊ることになった源は、唐突ですが、瞑想がはじまりでした。

もっと遡のぼれば、TVの前で小さい頃踊っていたとか、

歌っていたとか、ピンクレディーが好きだったとか、盆踊りが人知れず好きだったとか

よくある話しはありますが、自覚したのは、瞑想のときです。

広告の仕事をしていて20代のころ

閃きが必要だと思って、本を読んだら

瞑想がいいと。

そうか、と早速 瞑想をしました

2年くらい、ただ座る。

瞑想の会にも参加して。

瞑想はすごくよかったです。今でも時々座っています。

当時は

足がしびれて仕方なかったし、眠くもなるし。

だけども、

ふと、「そうか!」と世の中のこと自分のこと

腑に落ちて来るときがくる。

それがたまらなくよいのです。

そのうちに

瞑想していて感じはじめたのが…

私にとっては、踊る事が瞑想だと。

それでただ座る瞑想をいったん終えて

踊ることへ邁進していきました。

ー 続く ー

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いい顔

きのう久々に

友人Kくんがやっている

ワンドロップカフェに行ってきた。

 

Kくんとは、むかしむかしの会社の同期

同期の女友だちとワンドロップカフェに集い

飲んだりしゃべったり

 

いろはにほへとつらつらら

 

人の話を聞いて飛び火して

自分の話してたらまた飛び火

そんなことがあったの??びっくり話も飛び出る

 

 

 

話しも中盤

ストレートにKくんに質問した

彼の返答をきいて、自分無知だったのか?

傷つけてしまった?私も傷ついた?

ひやっとした瞬間があった。

まぁ、関係性が崩れるほどではない。

 

Kくんは今、大変などど言ってられない時だろう。

彼の内側のことは彼にしかわからないとしても、

状況は大きく変わるときだと知った。

 

帰り際、コートを着せてくれたKくん

出口で皆を見送る彼の顔、いい顔している。

複雑そうな表情でもあるが、それがまたいいのだ。

様々な感情や経験がにじみ出てきて、半端ない。

 

思わず、「いい顔してるよ」と伝えたくなったが、今は控えた。

もう少し落ち着いたら、伝えたい。

「ねぇ、なんともいい顔してる。積み重ねてきた想いや

幾度も交わされたであろう会話、そうして培われた精神や

生き様がにじみ出てるよ、いい人生が。」

 

 

新しく

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旦那はんが、撮ってくれました。

ヨガメインでやってきた『からだの時間。』

内容やHPをリニューアルしようと思い立ちました。

 

昨年秋、なんとも40半ばで妊娠する経験と、残念ながら流産する経験もして

女性の育む力、変化変容していく心身に

女であることに、女という性に ハッとしまました。

子供を産むって、すごいことだなぁ。

大袈裟な表現ですが、自分の身体をもうひとつの魂にかす感覚

変わりゆく日々にただもうついていくしかなく

ほんの数ヶ月でしたが、とてもとても貴重な経験でした。

あーさんはやく空に帰ってしまったけれど、来てくれてありがとう。

 

流産後はとくにからだのケアのために、温活をたいぶしまして

やわらかい内臓、あたたかい身体は、命を育む根源ベース

いやはや しみじみ 女性はあっためること大事だなぁとおもっています。

そして

これから女性として人としてどうありたいか

そして自分に必要なヨガってどんなものなのか?

踊り続けるためにも

年を重ねていくときにどんな身体を養っていったらいいか、

どんなハートを培っていったらいいか

 

いろいろ考えたわけです。

 

『やわらかく』『受容できる』人であたい。

内臓がほわっとあったかくて、やわらかくて躍動もする、

それでいて軸が通っている、時には筒、空のように『からっぽ』になれる

ただただエネルギーが行き来して変容するカラダに

なりたいです。

 

心も身体も進化し続けるのでしょうけどね。

 

「からだの時間。」のほうは、これまでダンスと切り分けて考えてきましたが

もはやヨガにおさまらないワークもとりいれたい。

踊りに秘めるエッセンスももっと追求したいです。

 

そんなこんな、4月くらいから「からだの時間。」あらため

「からだの時間 inspire   soul」に名前も変更することにしました。

気恥ずかしさもありますけど、

からだの時間 inspire   soul の HPつくりながら、まさに構築中です〜。

 

 

 

 

 

 

 

恵みの ひとりカラオケ

10年以上ぶりに カラオケにいきました。

ひとりカラオケ 初デビュー。

 

どうしたって? まぁ、カラオケほとんど誘われてもいかないですが

あるお姉さんにすすめられ、素直に乗ってみようと

 

行こうと決めたら、小旅行みたいで楽しい気分♡

調べておいたカラオケ屋さんに踏み入れると、、

 

フリードリンク タッチパネル

そりゃ進化するよねぇ

集うおばあちゃんたちに ほっこり、、

お一人さまけっこういるなぁ、、、  よかった、、、

 

 

この秋は とても内側を感じていた時期で

四十半ばにしてはじめての経験があり内的変化が大きい日々でした

 

ようやっと、平穏になりかけていて

たまには癒しにいこうと、

きのう顔コリほぐしへいってきました。

したらば

顎があれれ凝っており、ゴリゴリ音が。

 

ほぐしてくれたお姉さんの解釈によると、顎のコリは 潜在意識がでようとして

でれないでいるという状況ともとれるらしい

 

ふー なんか わかるー

 

「歌は好きですか? ひとりカラオケで、

がーっと自分のなかで 突き抜けるのもいいですよ」とお姉さん

 

以前なら見向きもしなかっただろうに

なんだか なんだか カラオケ行ってみたくなり

初挑戦

 

いってみて とても よかったです

 

まず、わたくし歌が『どえらい下手』だとわかりました。

小唄を習っていてこれかいなと、 びっくりな音痴です。

歌手のみなさま当然かもしれないけれど

上手い、頭さがります。

 

そうして自分は身体をつかうことが好きで

日々つみかさねてきた ヨガ、ダンス、それでいいんだと

どうであれ 今そうある自分でいいんだと思えた

 

この先もわたしのままでいい それでいい

子供がいようと、いまいと、がんばっていてもいなくても

悩んでも勘違いっぽくても、笑っていてもいなくても

今あるそのままで、それでいい

誰しもただそのままでいい、

どんなこと感じても、考えても、何もしなくても 生きて時を積み重ねていたら

その人にしかなれない、その人になる。

 

すとーんと腑に落ちました。

 

そしてもうひとつ

昔  恋の歌にしか聞こえなかった歌は

十数年の月日をすぎると

いろんな想い、家族のことかもしれない

友人かもしれない、世界のことかもしれないと

見方、感じ方がひろがっていて

ぐわーっと歌を通して想いもあふれ

あーーーー、わたしったら こんなに年とったんだね

年をとるということは

生きてる贈り物そのもの そう思えたら ぽろぽろ

泣けました

 

ルームから出るころは この状況に 笑えもして

ひとりカラオケ万歳

 

お姉さん すすめてくれて ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

唄うからだ 響く人

端唄・小唄をはじめて5ヶ月たった。

ニッポンの唄いは、節をまわすともいおうか

倍音発声のように

母音をたとえば あ===== と伸ばして

あ=====のなかで音域を遊び

聞かせる唄にしている、と思う。

ちなみに小唄を習うとき、三味線に楽譜はあるが、唄にはない。

ひたすら師匠の唄をきいて

自分のものにする。からだで覚える。

最近おもうのは、母音は遊べるということ。

子音は声にしたとき伸ばしがたい。

伸びるのは母音の あいうえお、

母音をどう遊ばせるかは

どう振動させるかともいえよう。

音は振動、そして振動数が高いか振幅が繊細でこまやかで

大胆に切り換える幅がもてると、思わず聞いてしまう。

伝わるものになると思う。

空間に響き、心身に響き 振動を共有することができるときが好きだ。

踊りをやってきているわたしとしては

声にかぎらず 振動しているカラダが好みである。

いいなと思うダンサーは

内部が振動している。動きとして大きく激しくあろうと

秘めたように立っていようと

内部が振動してくると、色気が発露されてくる、命の香りが。

あくまで、、、わたしにとってはだが。

表現する人に限ったことではない。

内なるいい振動をおこしている人というのは

たいてい魅力的に写る。

もっというと情熱のある人は

心が躍動、振動していて、惹かれてしまう、巻き込まれたくなる。

踊りも唄もそこだ。内部から起きる振動でも

振動そのものをおこすダンスでも唄でもいい。

振動にはやがて気持ちが宿る。そのとき大きな波ができて

一緒に乗っていきたくなるのだ。

出所

わたしは

生まれました

母のお腹から

 

父と母は出会いました

 

父方親戚では、末っ子、いちばん下の娘

母方では、最初の子 長女

 

どっちの顔も

ありなのネ

 

はじめて知った

父方の血筋、暮しのハヘン

 

どんな環境に生まれついても

どんな人に囲まれていようとも

 

わたしはわたしがつくるのヨ

 

これからも

わたしはお母さんが好き

そして

知らなかった父のことを

すこしづつ知るように

なるでしょう

 

父方のおじいちゃん

おばあちゃん

どんな人だったのか会ってみたかったな

 
 

*ちょっとした心の事件がありました。たぶん天国の父や親戚の方々も

ひょっこり出会っているわたしたちに微笑んだことでしょう。

 

大家さん、いってらっしゃい。

この家に越してきて6年8ヶ月。

大家さんは下町のよさを、ここで暮らす愉しみを伝えてくれた最初の人だ。

*

家の改装をしていると、「がんばってるね=」と

思い切りよくガラッとドアをあけてコーヒーとおやつを差し入れてくれる。

クリープとお砂糖がいっぱい入ったあったかいコーヒー

気取らないあったかさにほっこりする。

*

「口にあうかどうかわかんないけど」と煮物を持ってきてくれたことも数知れず。

繊細な大豆の煮物、豪快な豚肉の煮物、大家さんお料理上手だ。

*

4年くらい前

ホットケーキでつくったクリスマスケーキを大家さんにプレゼントしたことがある。

ヘタクソ感でいっぱいだったが

「あんたたちが越してきてくれてほんとによかったよ」とすごく喜んでくれて

こちらこそ、ここに来てほんとによかったですよ、

人ってあったかいんだなぁ、と気持ちほころびはじめ。

*

ヨガのレッスンのときにも

「あれ、いっぱいきてるね」とガラッとドアをあけて

「みんなにあげて」と差し入れをくれたり。

そんな大家さんのこと、お客さんもたぶん受け入れてくれていて。

*

そうこうしながら、ご近所の方々と少しづつ話すようになり

道ゆくおばあちゃんにも こんにちは と挨拶するようになった。

昔は、ご近所さんにふと話しかけるなんぞなかったことだ。

ここで暮らし始めて、わたしらは変わった。心がやんわりほどけていったのだ。

*

大家さんの元気な笑い声、今でも聞こえてきそうで

しわくちゃな笑顔が浮かんでくる。

*

12月23日、今日は大家さんの告別式

お花を手向けた棺のなかの大家さんは

まあるいやさしいお顔でした。

会ったらいつもしわくちゃになって笑っていたので

今日はとてもとても上品でした。

*

施設にいかれて数ヶ月、、、

89歳だものね、白髪は当然だけれど

隣でわいわい暮らしていた頃は

髪を染めていたんだなぁ。

あんなに白い髪の大家さんもはじめてで、少し驚きました。

*

お花にいっぱい包まれた百合子さん 最期のお別れ

視界から消え行く棺を見守りながら「いってらっしゃい」と心のなかでご挨拶していた。

「父ちゃんがねずみ年生まれだったから、ねずみは殺せねぇんだよ」と話してくれた

あのお父ちゃんや、一足先に逝かれてしまったやさしい息子さんと

再会している頃だと思う。

*

明るさを温もりをたくさんくれた大家さん、ありがとうございます。

さようなら、そしていってらっしゃい。

夏の風景 @ 福島 いわき市 下高久

 

 

 

 

8/26〜9/15まで福島県いわき市下高久で

田んぼの記憶プロジェクトの一環

郷土芸能×コンテンポラリーダンスの試みをしていました。

 

そのときに、地域を歩いて、ハッとして撮った映像たち。

小さな生き物、自然の微細な変化を映像おさめるにはまだ腕が足りないな。

初めて体験した田んぼの、野山ばっかりのいい夏でした。

 

Well Come

オカザキ恭和  yasuka okazaki

身体表現家(ダンス・パフォーマンスアート・北斎ヨガ主宰)
名は「やすか」と読みます。
路地や銭湯など下町を舞台に独自のダンス、身体表現、 パフォーマンスを手掛けています。
WORKS
●パフォーマンス、アート系イベント企画と表現活動
●yahiro 8 (ヤヒロエイト)住居兼アートスペースが拠点
●葛飾北斎が描いた江戸っ子を手本にヨガをする北斎ヨガを考案・主宰
●知的障害のあるみなさんとダンス
●ヨガの指導・ダンスや身体のワークショップ
●暮らしのなかで感じたことをごくたまにコトバ(詩)にしています → コトバオドリバ