くわらんか

どう発音するのかわからない
”くわらんか”
やさしい響きをイメージした。
もともとは、江戸時代、大阪淀川で大きな船の乗客に小舟で飲食をうる風習があり
「くわないのか」と呼びかけていた言葉だ。たいそう乱暴に言ったという。
そのときに使われていた器を「くわらんか」と呼ぶ。上品の対局、下品ものでそのなかでも愛着のある類いを「くわらんか」と言う。

なんてことが先日書いたメルカリ中毒の派生物としてわかってきた。メルカリに出品することで、モノへの眼差しを問われ、人に伝えるために調べることが多くなったのだ。

もうひとつ器に興味をもちだしたキッカケがある。一昨年から動体WSでお世話になっている深谷正子さんのスタジオで開かれた新年会にうかがってのカルチャーショック。素敵なお宅だった。あげればきりがないので器に絞ると、ご自宅にある器はどれも味わい深い。同じようなテイストでも、同じものは少なく、作家さんの器も多い。暮らしの中に、作家さんが共存していた。深谷さんが多くの人を巻き込んで作品を創りだすことに通じているとも思った。
自分は、どうでもいい器をつかっているのにも氣づいてしまった。自分にとっての好きな器をあらためて知りたくなった。自分は暮らしに作家さんの器を取り入れるだろうか?取り入れるとしたらどんな作家さんなのか?

そうして”くわらんか” が氣になった。かつては大衆が用いた日常もの、多くの人の手に届くがなかでも愛着がわくもの、捨てがたいもの。ちなみに食べおえた器は川へ投げ捨てたともいわれている。
”くわらんか”は船の上でも倒れないように、高台がどっぷりとして重たいのが特徴だ。身体でいえば下半身の安定だろう。そして誰の手にもなじみやすい形なのだろう。それを動きにたとえたら日常を残しつつどこか愛着のわく動きや感覚か。捨てられても、拾われる存在。

氣になるモノから自分が生み出したいものを見知る。
寒い寒い。家でぬくぬくしながらできる作業に自然と向いてしまう小正月だった。

 

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我が家の”くわらんか”。本物ではない。アジアの雑器で粗い作り、いわゆる下品ものの類い。店でみかけたときから、愛着が湧いて購入。使いたおしている。
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