意識していたことを手放す

6月から
月一回の笠井叡さんの
ダンスWS に参加しています(ヽ´ω`)
毎月お題があり
 きのうは 意識 でした。

そのなかでトライした

意識したり感じたりする前に動く

やってみるも

 いつもの自分の手法とは違い…

抵抗しているカラダ、心、意識?

できているのか
怪しすぎました
とりあえず動くも
苦しい…
バタバタうごき

やや無機質苦悩な表情だったろうとおもいます

しかしながら

最後の10秒くらいに

踊る阿呆になった

からだがひとりでに動きだしてる
あー?!

ニヤリ

自分で創るときは
今どんな動きをしたいのか
からだはどこへ行きたがっているのか
いってみれば

意識全快

20分くらい意識しながら動いていると、
カラダがひとりでに動きを生み出しはじめるときがある
これ、これがやりたいの、と。
きのうの
躍る阿呆な動きは
そこへの到着の仕方が全然違い
ものすごく新鮮でした
理由づけなく、いける
 そうか

自分の手の内を手放して

あり得ない世界へいってみる

日常あらゆる物事にもいえて
意識が変わることによる
世界の変化
見えてくるものが違ってくる

もうひとつ

昨日感じた大事なこと
とても原初的な動きへ
つれていかれた感
整理されすぎない
自由
戸惑い
多様な感覚が顔をのぞかせている
みんな動きは違うけれども、みな同じ空間に居る自然さ

笠井さんがおっしゃっていた
 『木は風が吹くから躍る』
そういう踊りなのかもしれない

ダンスのご賞味
久々に思い出しました。

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中